2019/12/02
結婚する際に指輪を贈る、交換するという習慣は、かなり昔からあるようです。今から5000年前の古代エジプトには、すでに植物や革などを加工した婚約指輪の原型があったといわれています。というのも、人類が装身具(アクセサリー)を身に着けるようになったのは、2万年以上前の旧石器時代のこと。日本においても縄文時代(約1万2000年前~約2400年前までとされる)には、動物の骨や牙、角、貝がら、ヒスイ(翡翠)といった天然素材を用いて、櫛や耳飾り、首飾り、腕輪、足飾りなどを作っていたことがわかっています。
ただ、当時の装身具は自分を飾るのではなく、動物や魔物から身を守る、狩猟の成功や豊作を祈願するといった呪術的な目的で使われていました。その後、世界各地で文明が生まれると、装身具は今でいうアクセサリーとしても用いられるようになり、特に貴金属や宝石をあしらったものは身分や社会階級などを表すものに変わっていきます。歴史的な壁画や彫像、エジプトのピラミッドに代表される遺跡から出土する、耳飾りやペンダント、ブレスレット(腕輪)、頭飾りなど、王や貴族が身に着けていた多くの装飾品が、それを裏付けています。
装飾品に金属が用いられるようになったのは、古代人が自然界で銅を発見したことがきっかけだと考えられています。彼らは銅を、装飾品をはじめ、武器や工具、農具といった道具に成型しようと、いろいろな方法を試みたことでしょう。その過程で、歴史的に最も古くから行われていたのが「鍛造」です。これは工具や金型などを用いて、材料の一部または全体を叩くことにより成形と鍛錬を行う加工法をいいます。紀元前4000年頃(諸説あり)、エジプトやメソポタミア地方で始まったといわれ、最初は自然産の金、銀、銅などを常温のまま鍛造(冷間鍛造)し、主に装飾品を造っていたようです。
やがて時代が下り、紀元前3500年頃に鉄が見つかりますが、それまでの方法では成形できませんでした。そこで用いられたのが、高温に熱した鉄をたたいて成形する加工法(熱間鍛造)です。この方法により、人々は斧や鍬といった農耕具、武器だけでなく、装飾品も含めた金属製品を大量に成形できるようになりました。
さらに紀元前3000年頃(諸説あり)には、「鋳造」技術が誕生します。これは金属を溶かして金型に流し込み固める技術で、メソポタミア、エジプトにおいて行われていました。その証左に、シュメール人(メソポタミアに都市国家を建てた民族)王の墳墓からは、青銅製の武器や装飾品が出土。また、紀元前1500年頃のエジプト・テーベの墳墓から出土したパピルスには、足踏みふいごで銅を溶かし、青銅製の扉を鋳造するエジプト人の姿が描かれていることから、鍛造、鋳造によって、装飾品を造る技術も向上していったのは想像に難くないといえるでしょう。
現在のような「金属製の婚約(結婚)指輪」が登場するのは古代ローマ時代(紀元前753~476年)で、紀元1世紀頃までは何の装飾もない鉄の指輪が、男性から「女性の父親」に贈られていたようです。それは当時の結婚が、家長である父、すなわち家同士で決められた「契約」だったため。女性が指輪を贈られるということは、贈った男性(特定の男性)の所有物になること。男性側としては花嫁取得のシンボルで、現代のように「愛する二人が結ばれた証」ではありませんでした。
なお、花嫁側には、「鉄製の腕輪・首輪」などが贈られることもあったようです。これについては、集落から若い娘をさらって一族の嫁にする、「略奪婚」という風習と関係しているといい、腕輪や首輪は、娘が逃げないように拘束したことの名残ではないかと考えられています。
金属加工技術の進歩、鉄が錆びやすいことも手伝って、次第に婚姻契約指輪は金や銀に変わっていきました。貴金属が使われるようになると、指輪には「婚姻の証」だけでなく、「花婿の地位や財産の保証」という意味も加わります。つまり、「高価な指輪を贈ることができる花婿=ステイタスが高い」ことを示そうとしたのでしょう。
「結婚の際に指輪を贈る」ことが、広く普及していくのは、9世紀になってからのこと。860年、当時のローマ教皇「ニコラウス1世(在位858~867年。聖人。教皇権を強く主張し、大教皇と呼ばれた。東西両教会分離のきっかけを作った人物)」が、「婚約には婚約指輪が必要。夫は経済的な犠牲を払わなければならないような、(高価な)指輪を妻に贈ること」と説いたことが始まりだと伝えられています。また、1027年に「花婿は花嫁に金の指輪を、花嫁は花婿に鉄の指輪を交換している」と記した資料が残っており、この頃からヨーロッパでは結婚指輪の交換が広まり、13世紀には一般化していったようです。
中世に入ると、富裕層の間では、サファイアやルビーをあしらった婚約指輪も贈られるようになります。なお、現在、婚約指輪の主流とされる、ダイヤモンドの婚約指輪が登場するのは15世紀頃のようです。1477年、マクシミリアン大公(1459~ 1519年。後の神聖ローマ帝国皇帝)とブルゴーニュのマリー公女との婚約にあたり、モロルティンガー博士が大公へ「ダイヤモンドの婚約指輪を贈るよう」アドバイスしたのが、最も古い史実とされています。
始めのうちは「婚約指輪」と「結婚指輪」の意味は曖昧でしたが、このような経緯から、今では一般的に「婚約指輪=結婚の意思を相手に伝える時に渡す。相手が受け取ると婚約が成立したことを意味する」、「結婚指輪=お互いに交換することで、結婚したことを証明するもの」と認識されています。また、婚約指輪は古代ローマからの「(花嫁に)高価な指輪を贈ること」が踏襲されており、ダイヤモンドを中心に宝石を使ったものが主流です。逆に常に付けておくことの多い結婚指輪はプラチナや金がメインで、質がよく、シンプルなものが好まれています。
なお、婚約指輪、結婚指輪は共に左手の薬指にするのが一般的(ドイツなど、右の薬指に付ける国もある)ですが、これは古代エジプト、古代ローマの時代から変わっていません。その理由は「左手の薬指は心臓につながっている」「心臓の中には感情の中心がある」と考えられていたからで、「指輪がお互いの心を永遠に結びつける」という意味になったのでしょう。
ちなみに、「婚約指輪の相場は、給料の3ヶ月分」は昔からの慣習ではありません。これは採掘から、流通、加工、販売を行う世界的なダイヤモンド会社の有名なキャッチコピー。近年はダイヤモンドだけでなく、他の貴石で婚約指輪を作る人も増え、指輪の予算は人それぞれですから、あまり気にする必要はないといえます。
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