実は歴史が古く、仕組みとイノベーションの宝庫|「自動販売機の始まり」の歴史

2019/12/09

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何気なく利用している「自動販売機」のルーツはエジプト産

清涼飲料水や切符、入園券購入に代表される「自動販売機」は、生活の一部になっているといっても過言ではありません。日本に、どのぐらいの自動販売機があるかというと、清涼飲料自販機の普及台数は、缶・ペットボトルなどの清涼飲料自販機が212万台、牛乳など紙パック自販機が12万6,900台、コーヒー・ココアなどカップ式自販機が15万4,000台、酒・ビールは2万2,900台、合計2,42万3,800台(2018年。日本自動販売システム機械工業会調べ)。これに食品自動販売機、たばこ自動販売機、券類自動販売機、日用品雑貨自動販売機、各種自動サービス機を加えると、日本中で423万5,100台(2018年。日本自動販売システム機械工業会調べ)の自動販売機が稼働しています。

 

機械や動力を用いるため、近年の発明品だとイメージされる自動販売機ですが、その歴史は実に古く、古代エジプトにまで遡ります。古代ギリシャの技術者であり、物理学者、数学者としても知られ、三角形の三辺の長さからその三角形の面積を求める「ヘロンの公式」で有名なヘロン(生没年不詳。62年頃~150年頃、アレクサンドリアで活躍)の著書『気体装置』には、紀元前215年頃、寺院に置かれていたとされる「聖水自動販売機」について書かれています。これは、てこの原理を応用した装置で、5ドラクマ硬貨を投入すると、その重みで中の受け皿が傾き、それが元に戻るまでの時間、蛇口から一定量の聖水が出るという仕組みでした。また、ヘロンは神殿の入り口で参拝者が火を付けると、熱せられたパイプの中の空気が膨張してタンクの水が押し出され、その力でドアが開く「自動ドア」についても書き記しています。

 

どちらも神殿や寺院に設置され、今のように一般人が使うためのものではなかったと思われます。というのも、古代ギリシャ時代、傭兵の給与は一日1ドラクマだったといわれていますから、1回5ドラクマはどう考えても高過ぎます。このことから、利用者は権力者や一部の金持ちに限られたのではないでしょうか。

 

科学や文化の発展に寄与した「アレクサンドリア図書館」

生没年不詳であり、活躍年代も前3世紀から後3世紀までと諸説あるため、聖水自動販売機も、ヘロン自身が発明したという識者もいるようです。彼は自動販売機や自動ドアのほかにも、汽力球、水力オルガン、噴泉(ヘロンの噴泉)、蒸気タービンをはじめ、さらに人が一切かかわらず、すべてを機械仕掛けで演ずる自動人形劇を考案し、設計図を書き残しています。そのため彼は、「世界最古のからくり技師」ともいわれているそうです。また、著作も『気体装置』にとどまらず、幾何学・力学をもとに『測量術』『照準儀』『機械術』など多数の実用書を著しています。

 

ちなみにヘロンが学んでいたのは、アレクサンドロス大王(紀元前356~紀元前323年。アレキサンダー大王とも。ギリシャとオリエントを含む空前の大帝国を建設)が築いた、古代都市アレクサンドリア(現・エジプトアレキサンドリア市)に設けられ、古代世界最大の規模を誇った「アレクサンドリア図書館」の学問所でした。紀元前3世紀、プトレマイオス1世(紀元前367か366頃~紀元前283年。エジプト王国プトレマイオス朝の創建者・初代の王)によって設立されたこの施設は、当時の知識や科学を集積した学術研究機関「ムーセイオン(ギリシャ語でmouseion。美術館・博物館を意味するミュージアムmuseumは、この言葉に由来する)」の付属図書館。ムーセイオンには図書館だけでなく、植物園や動物園なども備えられていたといいます。

 

ヘレニズム文化を代表する学芸の中心であり、中でも文献学や自然科学の分野の発展に寄与したアレクサンドリア図書館の学問所には、ヘロンのほかに当時の知識人たちが数多く集いました。たとえば、紀元前300年頃の数学者ユークリッド(紀元前330頃~紀元前260年頃。幾何学の祖とされる)、紀元前200年には、アレクサンドリア図書館長を務めたエラトステネス(紀元前276頃~紀元前194年頃。ギリシャの天文学者、数学者、地理学者、哲学者)、文献学者アリスタルコス(紀元前217~紀元前145年、ホメロスなどの注解をした)もここで学んでいます。

 

イギリスの自動販売機「正直者の箱」

聖水自動販売機以来、長い間、自動販売機が作られ(使われ)なかったようです。次に自動販売機が登場、実際に使われ始めたのは17世紀のこと。1615年頃、イギリスの旅館経営者が考案した嗅ぎたばこ(たばこの葉を粉末状にして鼻孔に塗り、香りを嗅ぐ嗜好品)の販売機でした。これは真鍮製の箱に小さな穴があり、そこに硬貨を入れると蓋が開いて中のたばこを取り出せるという仕組みになっており、旅館やパブ(居酒屋)に置かれていました。ただ、自動的に蓋を閉める機能はなく、一回に多くのたばこを取ることも可能であり、また、前の人が蓋を閉め忘れると、後の人はタダで商品を手に入れられる仕様だったため、この販売機は利用者の良心を期待して「正直者の箱(Honour box)」と呼ばれたそうです。なお、正直者の箱は、世界最古の自動販売機として現存しています。

 

1800年代後半になると、産業革命の影響も手伝って、イギリスでは自動販売機が作られるようになり、基本的な技術もこの頃に開発されました。1857年、切手の自動販売機を発明したセミアン・デンハムは、世界で初めて自動販売機の特許を取得しています。イギリスで培われた自動販売機の技術は、広く欧米に伝わっていきました。その後、たばこや切手をはじめ、チューインガムなどの自動販売機が考案され、ゲーム性があるもの、おまけがつくなど、たくさんのアイデアが盛り込まれます。これらはスロットマシーンといったゲーム機の始まりともいわれています。また、1925年にはウィリアム・ロウ(1884年~1945年)によって、異なる価格、複数の商品からひとつを選んで販売できるたばこの自動販売機も作られ、これが近代的な自動販売機のルーツになったようです。

 

ニセ硬貨にも対応した? 明治日本の自動販売機

日本でも、自動販売機の研究は行われていました。日本初の自動販売機が作られたのは、1888年(明治21年)、発明家・俵谷高七(安政元年(1854年)~大正元年(1912年))が発明したたばこの自動販売機でした。ただ、第3回内国勧業博覧会に出展されたものの、実用化には至らなかったそうです。俵谷には、明治23年(1890年)にも自動販売機を発明した記録があるようですが、彼の発明で現存する最古のものは、明治37年(1904年)に作られた「自働郵便切手葉書売下機(郵政博物館収蔵)」という日本切手や葉書の自動販売機で、郵便ポストの役割も兼ねていました。この自販機に動力は使われておらず、硬貨の作用だけで動くからくり技術を応用したもの。3銭切手と1銭5厘はがきを買うことができ、在庫がなくなると「うりきれ」と表示、硬貨が排出されました。また、金額に応じて複数枚買うことができる、偽硬貨を見分ける機能が付いていたといいます。

 

ただ、特許は取ったものの、作動の正確さに難があったようで、実用化はされなかったそうです。ちなみに俵谷は、日本で最初に赤色鉄製・円筒状の郵便ポストを作った人でもあります。このポストは現在使われているポストの原型に近く、明治34年(1901年)、試験的に設置されました。

 

なお、日本最古の飲料水の自動販売機は、1987年に岩手県で発見され、現在は「歴史民俗資料館」に保存されている「酒自動販売機」だそうです。正確な製造年はわかっていませんが、使われたとされる硬貨(「五銭白銅貨」は「菊五銭白銅貨」か「稲五銭白銅貨」を指している)の鋳造年代から、明治22年(1889年)以降のものではないかと考えられています。

 

世界有数の自動販売機大国・日本

日本では俵谷の自動販売機だけでなく、大正13年(1924年)、茨城県出身の発明家・中山小一郎が作った、当時の人気キャラ「のんきな父さん」が描かれた袋入り菓子の自動販売機、昭和6年(1931年)、「10銭白銅貨」を入れると、20秒間の映画が上映され、終わると下から商品とお釣りの2銭が出くる「音声映写装置つきグリコ自動販売機(現在も「グリコピア・イースト」で見学可能)」などが登場し、子どもたちの人気を集めたそうです。しかし、第二次世界大戦が起こると、鉄鋼製品製造禁止の命令が出され、自動販売機の製造は中断されてしまいました。

 

戦後、日本で自動販売機が普及するのは、1960年~70年のことです。昭和37年(1962年)にコカ・コーラの自動販売機880台が全国に設置されたのを皮切りに、日本の自販機産業は盛んになっていきます。自動販売機の需要が爆発的に増えたのは、高度経済成長期だったことに加え、「屋外に自動販売機が設置できる治安の良さ(他国では自動販売機泥棒も多かった)」「国鉄(現・JR)による自動券売機の導入」「100円硬貨改鋳(昭和42年(1967年))による、硬貨の大量流通」などが大きな要因でした。1970年代にはホットドリンクの販売もはじまり、その勢いは加速。自動販売機は日本人の生活に定着していきました。

 

自動販売機は、その後も進化し続け、技術の発達とともに、様々なハイテク技術が搭載されています。支払いは硬貨や紙幣といった貨幣から、今やプリペイドカードやクレジットカード、スマートフォンアプリといった電子マネーが主流。品物を等価交換するだけでなく、お馴染みの証明写真撮影機、はんこを作ってくれる自動販売機など、サービスを提供する自販機も増えています。

 

参考資料

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