始まりは業務用音響機器? 多様なニーズを満たしてきたヘッドホンの歴史

2020/01/17

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始まりは電話交換台オペレーターの使用機器

スマートフォンや音楽(映像)プレーヤーを携帯し、外出先で音楽を聴く、映像を見るという習慣は、特に若い世代では生活の一部になっています。そのきっかけは、1979年に販売開始され、一世を風靡した小型音楽カセットプレーヤー「ウォークマン(品名はソニーの登録商標。一般商品は「ヘッドホンステレオ」と呼ぶ)」でしょう。ウォークマンは音楽をバッグに入れ、屋外に持ち出せるだけでも十分画期的な機器でしたが、再生に欠かせないヘッドホンを小型軽量化した点も見逃せません。初代ウォークマンに付属していたヘッドホンは、なんと約45g。当時の一般的なヘッドホンが約300~400gだったことを考えると、これは驚異的な数字だといえます。ウォークマンの成功もあり、その後、様々なメーカーからヘッドホンステレオが販売され、屋外で音楽を楽しむリスナーは増加。一般の人にも、ヘッドホンは身近なものとなったのです。

 

ウォークマンの登場から40年が経過し、音楽はアナログからデジタルの時代へと移行。その間、アップル社からは、データ化された楽曲を手軽にダウンロード、再生できる「iPod」が発売され、加えてスマートフォンが音楽再生機としても進化を遂げるなど、携帯音楽プレーヤーはさらに多様化しています。それに伴い、ヘッドホンより軽量コンパクトなイヤホンの台頭をはじめ、音質の向上、ワイヤレス(Bluetooth、Wi-Fi機能により、コードを必要としない機器)化、ノイズキャンセリング(逆位相処理を用いて、外から聞こえる雑音を消音する機能)搭載ほか、どこにいても、より快適に音楽が楽しめる機能を付加した商品が続々登場。近年は、イヤホンの先だけという、究極サイズの「完全ワイヤレス型イヤホン」が人気を集めているようです。

 

一般的には、音楽や映画、ドラマ鑑賞など、「音声を聴く、映像を見るためにある」と認識されているヘッドホンですが、誕生当初は、エンターテインメントとは関係ないところで使われていました。それは電話交換台の現場です。1876年、スコットランド出身の科学者・発明家・工学者のアレクサンダー・グラハム・ベル(1847年~1922年)が電気式電話の特許を取得(ベルは世界初の実用的電話の発明で知られているが、同時期にアントニオ・メウッチ、イライシャ・グレイ、トーマス・エジソンらも実験を行っていた)。それをきっかけに事業化が進み、1878年、アメリカでは各地に約150社の電話会社が開業しています。当時の電話システムは現在とは違い、交換台にかかってきた電話を電話交換手が目的の相手につなぐというもの。1880年頃には、ヘッドホンを利用して業務を行っていました。接続に使用されたヘッドホンジャックは、現在のジャックの原型となっているそうです。その後、フランスのエルネスト・ジュール・ピエール・メルカディエが、電話の受信機用としてイヤホンを開発。1891年頃にアメリカで特許を取っています。

 

通信用として、軍事目的に利用されたヘッドホン

メルカディエが、電話交換手用のイヤホンを発表したと同じ1890年代、蓄音機はあったようですが、個人で音楽を楽しむまでには普及しておらず、人々が音楽を楽しむには、オーケストラなどの演奏をコンサートホールで聴くなど、生演奏という形が唯一の方法でした。また、世界最初のラジオ放送局(ピッツバーグに開局したKDKA局だといわれている)が誕生するのは、さらに時代が下った1920年のことですから、自宅での音楽鑑賞は、ほとんどなかったといっていいでしょう。

 

そんな状況の中、1895年、イギリスで「エレクトロフォン」という画期的な有線放送が登場します。これは劇場や教会などに設けたマイクで拾った音声を、電話線に通して家庭に届けるという仕組み。レシーバーで音声を聴くことができ、家にいながらコンサートやオペラといった音楽を楽しめるというものでした。ただ、料金は当時の価格で年額5ポンド(約52万円)。かなり高額だったため、利用していたのは富裕層のみで、あまり普及しなかったそうです。

 

エレクトロフォンから15年ほど経った1910年、現在使われているヘッドホンの原型が、アメリカの電気技師、ナサニエル・ボールドウィンによって考案されます。彼はモルモン教の信者で、普段通っていた礼拝堂での説教が、よく聞こえないことを不満に思っていました。そこでボールドウィンは、2台のレシーバーをヘッドバンドに取り付けた機器を開発。騒音の中でも説教が聞き取れるようにしたのです。ちなみにヘッドホンを開発するほど教会を愛していたボールドウィンですが、当時モルモン教が導入したばかりの一夫一妻主義に反対したため、その後、破門されたといいます。

 

ボールドウィンのヘッドホンは、優れた音質を有していましたが、それに注目したのは音楽業界ではなく、アメリカ海軍でした。火器による戦場の轟音にかき消されることなく、指令を伝えることが可能になると考えた海軍は、ボールドウィンに100台のヘッドホンを発注します。第一次世界大戦(ドイツ・オーストリア・イタリアの三国同盟とイギリス・フランス・ロシアの三国協商との対立を背景として開戦した世界的規模の戦争。1918年、ドイツの降伏によって終結)に参戦したアメリカは、遠隔地からの無線放送を受信するために水兵たちにヘッドホン装着させました。音質はもちろん、サイズを調整も可能だったことも手伝って、戦場において大いに活躍したそうです。

 

一般音楽用ヘッドホンの誕生

ボールドウィンの発明から約30年後、通信業務用機器だったヘッドホンを、音を聴くための装置へと発展させたのは、1924年、ベイヤーダイナミック社を創設したドイツの電気技師オイゲン・ベイヤーでした。もともと映画館のスピーカーを構築していたベイヤーは、1937年、ヘッドバンドで頭部に固定する、世界初のダイナミックヘッドホン「DT48」を開発。さらにボーカル用マイク、各種会議システムの開発を手掛け、大手オーディオ・メーカーとして躍進します。DT48は、一般的なフロア型スピーカーと同じ構造で、磁石と振動板に接続したコイルを使って音を出す「ダイナミック型ドライバーユニット」を採用。これは今でもヘッドホンの一般的な出力方式となっており、DT48は2012年まで生産されていました。

 

さらに1920年代以降はラジオ放送がスタートし、蓄音機やアナログレコードが普及し始めたことも手伝って、音楽を聴く用途でヘッドホンの需要は次第に高まっていきます。1949年には、オーストリアの音響メーカー「AKG」がプロフェッショナル向けのヘッドホン(現在、音楽制作の録音現場などでサウンドチェックに使うモニターヘッドホン)「K120 DYN」を発売。プロエンジニアやミュージシャンに支持されるAKGの製品は、今も世界中のレコーディング・スタジオや放送局などで使われています。

 

ベイヤーダイナミック社、AKGのヘッドホンは、音楽を聴くことが目的ではありましたが、まだまだ業務用という意味合いが強かったようです。そんな中、音楽リスニング向けのヘッドホンを開発したのが、アメリカのジョン・C・コスです。コスは1953年、病院テレビの貸し出し企業として「KOSS(コス)」を設立。1958年には、エンジニアのマーティン・ランゲ・ジュニアと共に、ステレオ蓄音機とヘッドホン「SP3」を発売します。蓄音機にはヘッドホン用のジャックが付いており、SP3で音楽を聴くことができました。SP3のコンセプトは、「生演奏の興奮を再現し、リスナーにこれまでにない音を体験してもらう」こと。ヘッドホンで音楽を楽しむ習慣は、この製品から始まったといわれています。

 

KOSS(コス)は、現在もヘッドホンメーカーとして、放送業界やスタジオ向け業務用モニターヘッドホンから、音楽鑑賞用のポータブルヘッドホンまで、幅広い製品を製造。中でも1984年発売のポータブルヘッドホン「Porta pro」、2002年に登場した、カナル型イヤホンの先駆けモデル「THE PLUG」はロングセラーになっています。また変わったところでは、1966年、ビートルズとコラボレーションした「ビートルフォン(Beatlephones)」が知られています。カラフルなヘッドホンで、両カップにビートルズの写真があしらわれており、世界中で売り切れになったそうです。このヘッドホンは、それまでオーディオ好きや大人が中心だったヘッドホン市場を10代の若い層へも拡大。後にヘッドホンのメインターゲットが、若者へと移行するきっかけとなったといえます。

 

技術向上、新しい素材の導入で進化を続けるヘッドホン

プロから一般層まで、幅広いニーズに応えるため進化を続けてきたヘッドホンには、様々な技術や素材が用いられています。たとえば、ヘッドホンの機械装置(ドライバー)を保護し、音質的にも重要な役割をも持つ「ハウジング」は、構造や素材によって音が変化します。ハウジングの素材は、おおまかに下記のように分けられます。

 

・プラスチック:ヘッドホンのハウジングで、一般的に使われている素材。金属製や木製より価格が手ごろ。

・金属(メタル)製:アルミニウム素材やステンレス、チタンといったメタルは剛性が高いのが特長。音による不要振動を抑え、クリアな音質と高い質感が得られる。

・木製:制振性能の高さが特長。木の有する振動吸収力は、クリアな音質と自然な残響効果を生む。また音圧を抑え、適度な余韻が残る、暖かみのある音色が期待できる。

 

また、金属製ハウジングといっても、それぞれ特長があり、アルミニウムは軽量かつ加工がしやすいので金属の中では扱いやすく、プラスチックよりシャープな音になります。一方のチタンは堅く粘りのある性質で、音の伝達速度が早く、余韻の少ない音が出ます。

 

このように、ヘッドホンは素材ひとつでも聴こえ方が異なるため、リスナーは自分の趣味(音楽ジャンル、音量ほか)や鑑賞環境(使用プレーヤー、屋外または屋内など)に応じて、ヘッドホンを選ぶことが可能です。これからも音響機器の進化は続き、ニーズも多様化することが考えられますから、それに伴いヘッドホンも変化していくことでしょう。

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