乗用車・バス・トラックなどで必須の「シャーシ」 F1の進歩にも貢献

2020/03/30

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もの作りの現場で使われている、いろいろな「シャーシ」

「シャーシ」という言葉は、 F1 をはじめとするモータースポーツを含め、自動車業界で多く使われています。語源はフランス語の「chassis」で、「枠組み」「フレーム」「骨格」「筐体」「砲座」といった意味があり、業界や現場によって、「シャシ」「シャシー」「シャーシー」と表記や読み方が変わります。

 

自動車の場合、シャーシ(シャシとも)はもともと、クルマのフレームを意味していました。しかし、ボディがフレームの役割を担うようになった昨今は、サスペンション、ステアリング、タイヤ、ホイールといった足回り関連のパーツを表すことも多くなっているようです。同じ自動車でも、大型トラックの場合は、荷物を載せて運ぶ車台をシャーシと呼んでいます。なお、シャーシにコンテナを乗せたまま、シャーシ単位で荷役(積み込みや荷下ろし、入庫・出庫といった作業)を行うことを「シャーシ方式」、トレーラ(荷台)をトレーラヘッド(トラクタ)から外して輸送することを「シャーシ輸送」といいます。

また自動車模型の「ミニ四駆」も足回り部品を「シャーシ」といい、愛好者は好きなシャーシを選び、ボディと組み立わせて車両を完成させる方式。シャーシの種類も豊富で、かなりマニアックなホビーです。

 

もちろん、自動車以外のものに使われることもあります。

 

パソコン:マザーボードや磁気ディスクといった精密機器を収納する枠組みの部分。フレームワークといった名称で呼ばれることもある。

AV機器:オーディオ機器やラジオ・テレビをはじめとした電子機器の基板や他電子部品を装着するフレーム。

 

パソコンやオーディオといった機器に使われる金属ケースは、「アルミシャーシ」「アルミケース」とも呼ばれています。様々なサイズがあり、他にも計測器、検査装置、電源装置、コントローラーなどに利用されます。

 

なお、機械類を入れる箱・筐体を「エンクロージャー」と呼ぶこともあります。

 

モータースポーツでは、レースのカギを握る「シャーシ」

シャーシはF1(フォーミュラ1。四輪自動車の最高峰レース)でも活躍しています。「シャーシの出来が良かっただけでなく、PU(パワーユニット)が進化したことも勝因」「PUを変えても、シャーシが完成していなければ……」というコメントを、F1関係の報道でよく目にするからです。カーレースの世界には様々なチーム形態が存在し、優勝を目指しています。たとえばF1の場合、おおまかに「ワークスチーム」と「プライベートチーム(カスタマーチーム、コンストラクターとも)」に分けられます。F1では、参戦するチームが技術規則(テクニカルレギュレーション)に沿って、シャーシ(車体)をはじめ、独自に制作したマシンで勝敗を競っています。

 

・ワークスチーム:自己資金でレースに参戦する自動車メーカー運営のチーム。または、自動車メーカーの専属チームとして運営されているコンストラクター、それに類するチームのこと。ワークスはシャーシからエンジンまで、すべて自社製造する。

・プライベートチーム:シャーシは自作するが、エンジンは一般的にワークスあるいは外部メーカーから供給を受ける。

 

カーレースではPUはもとより、シャーシの出来も勝敗の大きなカギ。どちらかの性能が格段に秀でていても、両者のバランスが悪ければ、思うような速度が出なかったり、レース途中でマシンに不具合が生じてリタイアを余儀なくされる、また大事故につながる可能性もあります。

 

そのためレースの世界では、マシンの性能アップに努力を重ねてきました。F1レースの歴史に特化すると、革新的な技術を生み出した人物として知られているのが、イギリスの自動車発明家、エンジニアのアンソニー・コーリン・ブルース・チャップマン(1928年~1982年)です。

 

バックヤードビルダーからF1マシンに技術革命をもたらした「チーム・ロータス」

チャップマンは、若い頃からバイクや自動車が好きで、大学在学中から友人と中古車販売を手掛けていました。彼は自動車レースにも興味を持っており、ガールフレンドのヘイゼル・ウィリアムス(後のチャップマン夫人)のガレージで売れ残ったオースチン・7をレース仕様に改造。バックヤードビルダー(自宅の裏庭やガレージで、自分の車を修理、カスタマイズする愛好家)としてレース活動を始めます。1948年にはマイナーレースに参戦しますが、オースチン・7では本格的なレース参入は不充分だと考え、剛性を高めるためにシャーシを強化、エンジンにフォード製「フォード8」エンジンを採用した「ロータス」を翌年に完成。この車は、ロータスと名付けられた初めての車で、チャップマンが完成させた2番目の車であることから「マーク2」と呼ばれました。その後、さらに強力な「フォード10」エンジンに換装されたマーク2は、1950年に行われたレースイベントで、現在も伝説のスポーツカーメーカーとして語り継がれているブガッティの「ブガッティ・タイプ37」を抑えて優勝。無名のエンジニアたちが作ったマシンが、グランプリマシンに勝利したということで、ロータスの評判は高まります。続いて作られた「マーク3」は、イギリスで人気のあった「フォーミュラ750」で圧倒的な強さを発揮。レースの面白さに目覚めたチャップマンは、本格的にスポーツカーの製造を行うため、1952年、ロンドンにロータス・エンジニアリング社を設立しました。

 

1958年、ロータスはF1に初参戦します。当初は目立った成績をあげられませんでしたが、1960年、ミッドシップレイアウト(エンジンを車体の中央付近に配置する方式)の「ロータス・18」投入をきっかけに状況が好転。このマシンを購入したロブ・ウォーカー・レーシングチーム(1953年から1972年までF1に参戦していたプライベートチーム)のスターリング・モス(サー・スターリング・クロフォード・モス。1929年~。1950年代に活躍したイギリスのレーシングドライバー)がモナコGPで優勝し、ロータスマシンにGP初の勝利をもたらします。1961年には、アメリカGPでチーム・ロータスとして初優勝。さらに1962年には、レーシングカーのデザインに革命を起こす「ロータス・25」が登場します。

 

パイロットの経験が生み出した「モノコック構造」

それまでのF1マシンは、「鋼管スペースフレーム構造(鋼管を組み合わせたフレームにエンジン、サスペンション、燃料タンク、コクピットなどをマウントする方法)」がほとんどでしたが、ロータス 25は車体の主構造にアルミ製の「ツインチューブ・モノコック構造」を採用しました。アルミニウムシートを貼り合わせた画期的なモノコックはねじり剛性に優れ、高い操縦安定性を実現。さらにモノコック自体を軽量化しつつ、加速性能、トップスピード、燃費性能を向上させることに成功したのです。

 

レースマシンにとって、重要なパーツであるモノコックの性能アップにより、1963年シーズン、チーム・ロータスは10戦中7勝を挙げ、ドライバーとコンストラクターズのダブルタイトルに輝きます。この時のパイロットは、他の追随を許さない天性の運転技術で知られ、フライング・スコット(天駆けるスコットランド人)の異名を取ったジム・クラーク(ジェームズ・“ジム”・クラーク・ジュニア。1936年~1968年)。彼はこのシーズンと1965年のタイトルも獲得し、2度チャンピオンになりましたが、1968年、32歳という若さでレース中に事故死。現役中の走りは今でも語り継がれ、F1史上最高のドライバーとも称されています。

 

面構造を主体とし、骨格を持たない「ツインチューブ・モノコック構造」のデザインは、航空機からインスパイアされたものだといわれています。チャップマンは大学を卒業後、イギリス空軍に所属。退役後はブリティッシュ・アルミニウム会社に就職しています。空軍時代に知り得た航空機の技術、会社で学んだアルミにかんする知識が、モノコック発明のヒントになったことは想像に難くありません。

 

航空宇宙の現場で使われた素材がモノコックの素材に

ロータス・25の登場以降、F1のシャーシはアルミ製モノコックが主流になります。しかし、1970年代後半に「グランド・エフェクト(車体下面と地面の間を流れる空気流を利用してダウンフォースを生成すること。航空工学用語の「グラウンド・エフェクト(地面効果)」に由来)」が採用されたことにより、コーナーでのスピードが大幅に上昇。マシンに強烈な遠心力がかかるため、アルミモノコックでさえも、剛性不足が懸念され始めます。その問題を解決すべく開発されたのが、1980年初頭に登場する、極めて剛性の高い「カーボンファイバーモノコック」で、アルミニウム素材を当時航空宇宙産業で使われていたカーボンファイバーに置き換えたのが始まりです。

 

「カーボンファイバー・リインフォースド・プラスチック(炭素繊維強化樹脂=CFRP。「カーボン」「カーボンファイバー」とも呼ばれる)」とは、ほとんど炭素だけからできている繊維で、石油やアクリル系の長繊維を炭化(黒鉛化)して作られます。耐熱性、通電性、薬品反応耐性、低熱膨張率、自己潤滑性などに優れ、また機械的強度(高比強度、高比弾性率)という特徴も持っています。原料別の分類としてPAN系、ピッチ系およびレーヨン系があり、生産量および使用量が最も大きいのはPAN系炭素繊維です。

 

カーボンファイバーモノコックは強固ではありますが、柔軟性に欠けるためカーボンファイバーの間にアルミニウム製のハニカムを挟んだ造りになっています。メリットは、重量あたりの強度が、アルミや鉄など他の素材に比較して、とても高いという点。そのため、カーボンファイバーは強度が同じならより軽量に、同量ならさらに強くできます。この特長は、軽くて強い素材が求められるF1のモノコックには最適というわけです。また、設計の自由度が高いのもカーボンファイバーの大きな特徴になっています。

 

このように、もの作りの現場においては、様々な形でシャーシが用いられていることがわかります。それぞれの現場でも、F1のように様々な日々研究や工夫が重ねられ、新たな発明・発見が生まれることでしょう。

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