「北大試作ソリューション」のけん引役は薄片技術者 中村 晃輔さん、野村 秀彦さんインタビュー

2021/07/20

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薄片(はくへん)技術とは、ものを30μmの薄さに削る技術であり、主に岩石試料・生物試料・金属試料を対象に、地質学をはじめとする理学の各分野で重要な基礎試料を提供する技術だ。北海道大学理学部には、薄片技術を究める職人からなる「薄片技術室」があり、2人の薄片技術者が在籍している。「試作ソリューション部門」の部門長を務める中村 晃輔さんと、その先輩で同じく薄片技術者の野村 秀彦さんだ。

薄片工作室

▲     左から中村さん、野村さん

 

薄片技術者としての「代表作」は、小林快次(よしつぐ)教授らが発掘し、新属新種であることを明らかにしたカムイサウルスの薄片標本。年齢推定などの研究に使われたほか、国立科学博物館で開催された「恐竜博2019」に展示された。

 

この薄片技術室は2017年に大学の承認を受けて、理学部外からの受託も可能な「全学支援」が可能な組織へと生まれ変わった。さらに国立大学としてははじめて、学外支援をも可能な組織となった。挑戦のキーマンとなった中村さんを中心に、北海道大学の薄片技術者のいまを伺った。

 

「2人」の体制維持も先人の努力の積み重ね 将来への危機感から「全学支援」「学外支援」に向け動いた

 

 北大GFC 中村さん

中村さんは、薄片技術を「大学だからこそ残してもらえた技術」だと語る。一般には「石を削って薄くする技術」と捉えられがちな薄片技術だが、その対象は金属やシリコンなどにも広がる。また、薄くすると同時に磨いて凹凸を平滑にする表面研磨(ポリッシュ)が行われている。技術としての薄片の強みを捉えたとき、この2つの特徴を活かすべきだと中村さんは考えた。

 

「私たちはなんでも分析試料に変えることができます。岩石はもちろん、硬さの異なる複合材も対応でき、生体試料など軟らかいものも、硬くしてあげれば分析試料に変えられます。こうした薄片技術の特長を他分野にも伝えて、『薄片といえばなんでも分析試料に変えられる技術』だと捉えなおしてもらうべきだと考えたのです」

 

そうした「新しい薄片技術者像」を確立するためには、薄片技術室が所属する「理学部」という枠を超えて、全学支援に踏み切る必要があると中村さんは考えた。以前は他の部局からの依頼を受けるスキームがなく、そうした依頼は特殊な案件として扱わざるを得なかったのだ。

 

「私が所属する前から、薄片技術室として、理学部の先生方には本当にお世話になってきました。地質系の小さな分野ですから、いまこうして2人の体制を維持できているだけでも貴重なことなんです。そのことは知りつつも、私はある時期から『全学支援』の必要を考えていました。既存の先生方からのご理解だけに依存していては、その先生方が退官されたり転勤されたりした際に、薄片技術室の存在意義を理解している方がいなくなってしまう恐れすらあります。他の分野まで見渡せば、薄片技術を提供できる先はもっと広がるはずだと確信していました」

 

その考えを提唱し続けた中村さんに、野村さんは薄片技術者の先輩として、自身の経験を重ね合わせ向き合った。

  北大GFC 野村さん

 

「中村君の話を聞いて、私が若手のころ、とある先生に『お前さんのとこは石しかやってないだろ』と言われたことを思い出したんですよ。それが当時ショックだった。いやいやいろんなことができる、依頼に応じて切断する・研磨する・樹脂で埋めると言いたかったのですが、今思うとそのことが理解されていなかったんですね。『石といえばここだよね』というイメージばかりで、『金属とか生物に使う技術じゃない』と認識されていたんです」

 

その固定観念を打ち破ることが必要だと二人は認識した。中村さんは地質学以外の理学分野や全学・学外にアピールできる手段が必要と考え、野村さんは、「研究者のための見本が必要だ」と着想した。まずは植物・金属・電子機器や、地質学分野でも薄片を連想しづらい火山灰など、考えうるあらゆるものの薄片を作製したという。

 

植物薄片試料

▲     「植物についてのプレゼンを」と考え、松ぼっくり、どんぐり、木、梅干しの種などを薄片にしたもの

 

電子回路薄片

▲     全学支援を機に工学部へのアピールのため作製した電子回路と画鋲の研磨片

 

ヒトの歯の薄片

▲     ヒトの歯の薄片といった生物の見本もある

 

火山灰薄片

▲     火山灰も樹脂に埋める、一粒を研磨するなどによって薄片・研磨片を作製できる

 

この「薄片技術のイメージ改革」はまだ途上にある。しかし、野村さんはこれまでとは異なる手ごたえを感じている。

 

「まずはプレゼンの形で多くの人に知っていただく形ができました。またこれらの試料は、顕微鏡で光を透過して見るものと、光を反射して見るものに分かれます。どちらを作ってほしいという依頼かによって僕らは手法を変えるんですが、そういったことも実物をもとに説明できるようになりました。そこから新しい仕事につながっていけばと思います」

 

「自分で仕事をもらいにいく技術職員」に変わったことで見えてきたもの

 

全学支援、また学外支援に踏み切る際、最初は金額表を作ることから始めたと中村さんは言う。一定の年間予算で数量を問わず薄片作製を請け負う形態だったものを、一点あたりの金額を定めた受益負担制へと切り替える構想を大学に持ちかけるためだ。

 

「意外だったのは、大学事務の柔軟性でした。僕らのチャレンジを受け入れて動いてくれたんです。また、理学部の先生方からの後押しも不可欠でしたが、部局を超えて貢献できるという私たちの想いをしっかり準備してご説明したところ、ありがたくもご理解をいただくことができました。薄片技術室は2人だけの組織なので、意識を統一して臨めたのがよかったですね。5~6人いたら意識の統一は難しかったと思います。その上、存続への危機感もあった。そこから、理学部以外もどんどんオープンにしていくという構想を推進しました」

 

受益負担制での仕事がはじまり、薄片技術室のふたりは「自分で仕事をもらいにいく技術職員」になった。モデルが変わったことで、仕事に向き合う際の意識も変わったと中村さんは言う。

 

「前だったら薄片の材料、たとえば樹脂を選ぶとき、少しでも安いものを探すわけです。年間の予算が決まっていますので、ちょっといいものに変えるには予算をもらいにお願いしなければならなかった。今では1件あたりの受益負担制に変わりましたから、その予算の中でやりくりして、より良いサンプルを先生方に提供することもできます」

 

材料の選び方が変わったことで、難易度の高い薄片作製や、多様な薄片作製にいっそう取り組みやすくなった。「試し」ができることが技術職員としての受益負担制の魅力だと野村さんはいう。

 

「水に浸かったら駄目なサンプルや、熱をかけちゃ駄目というサンプルだと、普段使っている接着剤や埋め込みの樹脂が使えないことがあります。別の手段を考えた時に、自分の所に予算があったら『試し』ができるんです」

 

それらの変化に呼応するように、全学支援を始めて以来、とりわけ工学部からの依頼が増えた。これまでの依頼とは異なる粘土質などの薄片作製に取り組むことが増え、それに伴い技術的な課題に突き当たることも増えた。一方、中村さんはそれこそが技術職員がスキルを伸ばすための試練だとも捉え、日々の仕事に取り組んでいる。

 

「やっぱりいつも通り作れないなど悩んだりするわけですよね。大変さもありますが、振り返って思うことは、それがないと僕ら技術職の能力は伸びるわけがないということです。これが正しい方向性だと確信しています」

 

ドイツで見た機械化の進展 北海道大学から「日本なりの薄片作製」を考える

 

2017年に受益負担制への転換および全学支援・学外支援に踏み切った翌年、自由度が増した技術室の予算運用から旅費を捻出し、中村さんは技術研鑽のため薄片発祥の地であるドイツへと赴いた。

 

「ボン大学、アーヘン工科大学、ルール大学ボーフムを視察しました。日本とは違い、ドイツでは薄片作製の機械化が進んでいて、僕らがやっていることと全然違うやり方で薄片を作っています」

 

日本では切断、機械研磨、最終研磨の3つの工程を手作業で行うのが主流だ。

 切断工程

     ダイヤモンド粒子が埋め込まれた電動切断機で岩石などを切断する工程

 

機械研磨工程

▲     電動で回転する円盤上で研磨剤を使って研磨する機械研磨の工程

 

最終研磨工程

▲     メノウ板の上で30μmの厚さに擦り上げる最終研磨の工程

 

中村さんの薄片作製技術はこの薄片技術室で身に付け、また学外の技術者ではとりわけ日本薄片株式会社の大和田朗氏の影響を受けて磨かれた。これら日本の薄片作製と、発祥の地ドイツで現在主流の薄片作製はまったく異なるものだったという。

 

「どの施設も機械化されているのを見て、さすがドイツと思いました。ただ、僕も自分たちの技術力を見せたいと思って、装置では作れない大きいサイズの薄片を持ち込んでいたんです。それを見せたところ、『君たちはクラフトマン・職人で、俺たちは機械屋だから(競う気はない)』と一線を引かれてしまいました。その経験もあってですが、機械でできることと、機械では出来ないことの線引きを強く意識し、研究するようになりました」

 

 薄片作成の機械化

▲     機械化しての薄片作製の可能性を探るため、装置には独自の改良を加えているという

 

中村さんは、ものづくりに大切なことは「誰にでもできるような仕組み」と「自分にしかできないこと」のバランスだと考えた。その観点から、日本の先人とも、ドイツで見た機械化された薄片作製とも異なる、日本なりの新しい薄片作製をここ北海道大学で追求するつもりだという。

 

「実は、薄片作製の装置は、薄片を作ったことがない人が作っているなと感じるところが随所にあります。20年・30年薄片を作ってきた野村さんのアイデアを加えれば、ドイツで見た薄片作製を超えられるんじゃないかと思うんです。同じく試作ソリューション部門として活動する機械工作室に依頼したり、硝子工室に枠を作ってもらったりという横のつながりも使いながら、この難題に挑んでいきたいと思います」

 

北海道大学からはじまる「試作ソリューション」の挑戦

中村さんは北海道大学グローバルファシリティセンター(GFC)に所属し、その「試作ソリューション部門」部門長を務める。発足当初は「はやぶさ」「はやぶさ2」のリターンサンプル分析用装置「女池ホルダー」でも知られる女池竜二さんが部門長を務めていたが、その後任に就いた形だ。

 

試作ソリューション部門は学内外の研究者・技術者に向けて、研究・教育・実用機器について、最適な試作を提供する。機械工作室・硝子工室・薄片技術室の3つの技術室が連携し、幅広いニーズに応える体制を持つ。

 

「主な役割は試作ソリューション部門の広報です。学内(全学)と、そして学外に向けてアピールしていく役割ですね」

 

北海道大学の試作ソリューション部門は、日本軽金属の「試作ドットコム」から着想を受けて発足した。また、この薄片技術室が試作ドットコムの120社からなる試作職人ネットワークの一つでもある。試作ドットコムに舞い込んだ薄片作製の依頼について担当することも多く、共同での提案も行っている中村さんは言う。

 

「先ほどの話にもつながりますが、学外のニーズにも応えて、対価をもらってものづくりをするという形に変わる中で、日軽金さんのやり方からも多くを学びました。大学の人間は世間知らずなんてことを言われることもありますが、それとはちょっと違うものづくりというのを、北海道大学の試作ソリューションを通じて多くの人に体感してもらいたいと思っています」

試作ソリューションポスター

▲     中村さんが中心になり作製した試作ソリューションのポスター。全学および学外からの依頼を受け付けている。

 

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